今回は、原田マハさんの最新長篇『晴れの日の木馬たち』の感想をお届けします。
読み終わった後、「もっとたくさん本を読みたい」という、あたたかい焦燥感みたいなものが、胸の中にじわじわと広がりました。
アートと小説への愛が詰まった、熱量のある一冊。読んでいる間中、何度も「私も何かに熱中したい」と思わせてくれました。
- 原田マハさんの作品が好きな方
- アートや近代日本史が絡んだ小説を探している方
- 最近、何かに没頭する感覚を忘れかけている方
そんな方に、ぜひ手に取ってほしい一冊です。
あらすじ|明治の倉敷で「書くこと」に目覚めた少女の物語

物語の主人公は、山中すてら。
病に倒れた父を支えるため、倉敷紡績で働く少女です。
工場で働きながら物語を書くすてらは、ある日、社長の大原孫三郎に認められ、雑誌〈白樺〉を贈られます。
そこに載っていたゴッホの絵を目にして心を打たれ、「ゴッホが絵を描いたように、私も小説を書く」と自分の道を決める——そこから始まる、書くことへの情熱と成長の物語です。
読み進めながら、同じく原田マハさんの作品である『奇跡の人』を思い出していました。
女中のいる男尊女卑の時代背景、大切な人へ綴る手紙の美しさ、汽車で長い時間をかけて移動する旅の描写……近しい時代設定だからこそ、節々に重なるものを感じて、少し嬉しかったです。
大好きな作品との意外なつながりを見つけたような、そんな読書体験でした。
まだ『奇跡の人』を読んでいない方は、そちらもおすすめです。
すてらの「書く情熱」が、眠っていた何かを揺さぶった

寝食も忘れて没頭すること
今、自分に「これをやるとき時間を忘れる」ことが、すぐに思い浮かびますか。
すてらの、書くことへの没頭ぶり、熱量、愛はものすごいです。
大人になるにつれて、時間を忘れて何かに夢中になる機会が自然と減っていく人が多いと思います。
でもすてらの姿を追っていると、「ああ、私にもこういう感覚があったな」と思い出させてくれます。
すてらの純粋さが輝いていて、読んでいて眩しく感じました。
帯の言葉が生まれるシーン
帯に刻まれた言葉——「書いて、書いて。書きまくらなければ。私も、ファン・ゴッホみたいに。」
この言葉が生まれる場面が、好きなシーンの一つです。
雑誌〈白樺〉でゴッホの絵を見て、すてらが衝撃を受け、ひたすら小説を書いていく。
同じ表現者として刺激を受けながら、その魂に共鳴していく様子に心が震えました。
年齢も時代も違うけれど、確かに刺激をもらえる。そういう登場人物に出会えるのが、読書の醍醐味だと思います。
実在の人物たちが、物語と現実の境目をなくす

大原孫三郎と児島虎次郎|大原美術館の誕生秘話を覗く
原田マハさんの作品の大きな魅力のひとつに、実在の人物と架空の人物を混在させ、物語と現実を融合させる表現があります。
本作でも大原孫三郎、児島虎次郎、夏目漱石が物語の中に生き生きと動いていて、「本当にこういうことがあったのかもしれない」と思わせてくれるリアリティがありました。
私は大原美術館に行ったことがあって、大原孫三郎と児島虎次郎の関係性はある程度知っていました。
だから小説の中で彼らが動く様子を読んで、歴史の裏側を少し覗いたような感覚になれたのが、うれしかったです。
こうして小説の中で命を吹き込まれた姿に出会えることも、原田マハさんの作品を読む理由のひとつだとあらためて感じます。
大原孫三郎の文化への情熱
物語を通して伝わってくる、大原孫三郎の文化発展への熱量も印象的でした。
倉敷という街、文化的な活動に対して、これほどの想いが込められていたこと。
小説なのでもちろんフィクションではありますが、実際もきっと同じくらいの情熱があったのだろうと想像できました。
「素晴らしい」という一言では表しきれないくらいの功績だと思います。
大原美術館が気になった方はこちらの記事で紹介しているので、ぜひご覧ください。
作中の「架空の小説」たちを、本当に読みたくなる

『落日』の出だしに、一目惚れした
作中には、登場人物たちが書いた小説がいくつも登場します。
山中すてら『回転木馬』、高橋多嘉子『花かんむり』、常和田伊作『落日』……どの作品も、物語の中で語られるあらすじが魅力的で、「実際に読めたらいいのに」と何度も思いました。
実際には読んでいないのに、自分もその本の読者になった気分を味わえる、不思議な体験でした。
特に心を掴まれたのが、『落日』の冒頭です。
登世子が瞼を開けたのは、どこからか桜の花弁が舞い込んで、彼女の唇に触れた気がしたからだ。
この一文を読んだとき、登世子の儚さ、柔らかな光に満ちた場所の空気が、たった一文ですっと伝わってきました。
これが架空の小説の冒頭だというのが、少し惜しいくらい好きな文章でした。
「なぜ傑作か」|マティスの言葉がアートの見方を変えた
読む前は、すてらがゴッホの影響を色濃く受けながら成長していく物語だと思っていました。
でも実際には、最終的にすてらが支えられるのはマティスの絵。これは少し意外でした。
物語の中にこんな言葉があります。
なぜ傑作か。それはこの絵が、ほかの誰の絵にも似ていないからです。
まさにその通りだと強く共感しました。
誰かの表現に影響を受けながらも、最終的には「自分にしかできない表現」を目指していく。
その意味が、すてらの歩みと重なってじんわりと伝わってきます。
まとめ

全体を通して、原田マハさんの最新長篇『晴れの日の木馬たち』は、「読書の悦びをもう一度感じたい」「物事への情熱や熱量に刺激をもらいたい」と思っている人に、強くおすすめしたい一冊です。
頑張る少女から元気と刺激をもらい、小説や絵画といった文化的な活動の素晴らしさをあらためて感じられる。
読み終えたあとに「もっと本を読みたい」「美術館に行きたい」という気持ちが自然に湧いてくる。
それがこの作品の一番の魅力だと思います。
- 原田マハさんをまだ読んだことがない方の入口として
- 大原美術館や倉敷に興味がある方に
- 何かに熱中したい、でも最近そういう感覚が薄れてきた、という方に
ぜひ手に取ってみてください。きっと、読書の時間がもっと好きになります。



