※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。
今回の記事では、原田マハさん著『黒い絵』のレビューをお届けします。
- 『黒い絵』ってどんな本?
- 全6編のあらすじと読んだ感想
- こんな人におすすめしたい
「原田マハさんの本、好きだけど次は何を読もう」と迷っているあなたへ。
今回のレビューは、マハさんにしては珍しい雰囲気の一冊です。
いつもの印象派アートの香りとはまるで違う、少しひんやりとした読書体験。
それが想像以上に、いろんな意味で、忘れられないものになっています。
『黒い絵』とはどんな本?

『黒い絵』は、原田マハさん初のノワール小説集。
「ノワール(noir)」はフランス語で「黒」を意味し、文学や映画では退廃・犯罪・人間の暗部を描くジャンルを指します。
マハさんのこれまでの作品といえば、印象派の画家を題材にした美しいアート小説のイメージが強いですよね。
その同じ作家が書いたとは思えないくらい、このノワール短編集は違う顔をしています。
収録されているのは全6編。
舞台はニューヨーク、奈良、アッシジ、ロンドンと多彩で、それぞれに美術や芸術の香りを纏いながら、人間の欲望や狂気がじわじわと滲み出てくる物語が並んでいます。
ちなみに私、「ノワール小説」を最初「ルノワール小説」と読み間違えていました。
(「黒い絵…ルノワール? ん?」と二度見したのは内緒です。)
特に印象に残った章のあらすじと感想

深海魚|じわじわと首を絞められるような怖さ
友だちも彼氏もなく、クラスメイトからいじめられている高校生・真央が主人公。
彼女が唯一安らげる場所は、押入れの中の真っ暗な空間。
それを「海の底」と感じながら息をひそめる場面に、妙な既視感を覚える人もいるのではないでしょうか。
読み始めてすぐ、ぞわっとする感覚がありました。
ホラーのように突然怖いのではなく、生ぬるくて居心地の悪い空気がずっと続く感じ。
お気に入りのカフェのBGMが急に不協和音になったような、そういう違和感のある怖さです。
だからこそ目が離せなくて、気づいたら読み終えていました。
オフィーリア|一番好きだった、絵の中の囚われ人
この一編が、個人的に最も印象に残っています。
語り手は、絵の中に描かれたオフィーリア本人。
シェイクスピア『ハムレット』に登場するオフィーリアをモチーフにした、実在する絵画の少女が一人称で語ります。
水に浸かり、あとひと息で命が絶えるその瞬間を永遠に生き続けている彼女は、絵の前に立つ人々に向かって、早くここから解放してほしいと、静かに訴え続けます。
この設定だけでも十分に斬新なのですが、物語が進むにつれて、絵をめぐる人間たちの狂気が明らかになっていきます。
「絵の中の人物が語る」という語り口の斬新さと、それを支える物語の密度。
この一編だけで、この本を読んだ価値があったと思っています。
残りの4編も、ひとことずつ
ここまで2編だけを詳しく紹介しましたが、『黒い絵』は全6編。2023年11月に講談社から刊行された、原田マハさん初のノワール短編集ということもあり、残り4編もそれぞれ違う手触りで、じっくり読み込みました。ネタバレにならない範囲で、ひとことずつ触れておきます。
楽園の破片|アートの向こうに見える、危うい関係
主人公のキョウコは、道ならぬ関係のなかにいる女性。アートが絡む設定は他の収録作とも共通していますが、この一編で描かれるのは、恋愛の高揚感というより、その先にある落としどころの見えなさでした。
タイトルの「楽園」という言葉が、読み進めるほど皮肉に感じられてくる構成で、読み終えたあとにもう一度タイトルを見返したくなりました。
指|手や指先の描写だけで、緊張感を作れることに驚いた一編
家庭のある男性にばかり惹かれてしまう女性が主人公です。派手な事件が起きるわけではないのに、手や指先の細かい描写の積み重ねだけで、じわじわと緊張感が高まっていきます。
会話よりも仕草に意味を込める、短編ならではの密度を感じた一編でした。
キアーラ|絵画修復家という仕事の、光と影
絵画修復家のアキが主人公。普段はあまり知る機会のない「修復」という仕事の専門性が丁寧に描かれていて、職業ものとしても読み応えがありました。
職業倫理に反する「過ち」がテーマになっていて、仕事に真剣な人ほど抱えてしまう危うさを感じさせる一編です。
向日葵奇譚|ゴッホの「ひまわり」をめぐる一編
収録作のなかで唯一、印象派の巨匠をモチーフにした一編で、これまでのマハさんの美術小説を読んできた身としては、どこか懐かしさも覚えました。
おなじみのモチーフが、この短編集のトーンのなかに置かれると、こんなふうに見え方が変わるのかと、新鮮な驚きがありました。
6編すべてを読み終えて感じたのは、それぞれの物語が独立していながら、読み終えるたびに残る「後味の重さ」が少しずつ違うということでした。ひとつだけを取り出して「これが一番」とは言えないのですが、6つ並べて読むことで、原田マハさんという作家の振れ幅の大きさが、じわじわと伝わってくる構成になっていると感じました。
こんな人に読んでほしい

正直に言うと、「全員に強くすすめたい」とはならない本です。
読んでいる間、気分はすっきりしません。読後に温かい気持ちになりたいときには向かないです。
週末の夜、ハーブティーを飲みながらゆったり読みたい本、でもありません。
でも、こういう方には自信を持っておすすめできます。
- 原田マハさんの「いつもと違う顔」を見てみたい
- 人間の深いところにある感情や狂気を描いた物語が好き
- アートや美術を題材にしたミステリー・サスペンスに興味がある
- 短編集でいろいろな読み心地を試してみたい
もう一度最初から読み返すかと言われると迷いますが、手放せない本というものが確かにあって、これはその一冊になりました。
気に入った作家の「別の顔」を本棚に持っておきたい感覚、なんとなくわかってもらえるでしょうか。
まとめ

原田マハさん初のノワール短編集『黒い絵』。
「読んで清々しい」とはならないけれど、「なぜか止まらない」不思議な引力のある一冊でした。
- 全6編、どれも「美術×人間の狂気」がテーマ
- 特に「オフィーリア」は設定・構成ともに圧倒的
- 読後感はすっきりしないが、忘れられない余韻がある
- マハさんの違う側面を読んでみたい方にはぜひ
次に読むマハさんの一冊を選ぶとき、「明るいマハさん」と「暗いマハさん」どちらの気分かで選べるようになったのは、この本を読んだ収穫だったと思っています。
気になった方は、まずは書店や図書館で表紙のモノクロのひまわりを見てみてください。

