ゴッホの絵といえば、ひまわり。そう答える人が多いのではないでしょうか。わたしもずっとそう思っていました。
けれど『ゴッホ 自画像』と検索すると、似たような顔の絵がずらりと並びます。
ひまわりの人だと思っていたのに、こんなに自分の顔を描いていたんだと驚く方も多いと思います。
いったいなぜ、これほど自分を描き続けたのでしょうか?
今日はその理由を、時期を追いながら考えてみます。
ゴッホの自画像は、いったい何点あるのか

ロンドンのコートールド・ギャラリーでは、2022年にゴッホの自画像だけを集めた展覧会が開かれました。会期中の集計では37点(油彩35点・素描2点)とされています。
一方、ゴッホ美術館は、素描も含めて39点が現存するとしています。数え方によって幅があり、単一の正解はありません。
1886年春から1889年9月までのおよそ3年半。ゴッホが33歳から36歳のときに、これらの自画像は描かれました。
パリで描きまくった理由は、意外と現実的だった

理由のひとつは、単純にお金でした。モデルを雇う費用を抑えられるため、自分自身をモデルにしたのです。
もうひとつは、新しい技法を試す実験台だったこと。パリで出会った印象派の表現を、まずは自分の顔で試していました。
点描——絵の具を混ぜずに小さな点を置いていく描き方——も、この時期に試された技法のひとつです。
ゴッホ美術館は、人物画の練習をしたかったことや、自分をモデルにすればいつでも「辛抱強いモデル」が安く手に入ったことも理由に挙げています。
並べてみると、絵が明るくなっていく

ゴッホがパリに出る前、オランダ時代の絵は褐色を主体とした暗い画面が中心でした。ところが、パリで印象派の色遣いを取り入れると、画面は一気に明るさを増していきます。
パリでは、モネやピサロといった印象派の画家たちと交流し、パレットも明るく変化していきました。
ゴッホがパリに着いた1886年は、最後の印象派展が開かれた年にあたります。スーラやシニャックの点描にも触れ、自画像に取り入れた模索の跡が残っています。
わたしがおもしろいと思うのは、自画像が「顔の記録」であると同時に、絵そのものが変わっていった記録にもなっている点です。
《灰色のフェルト帽の自画像》(1887年・ゴッホ美術館)は、明るい色調と細かな筆づかいがよくわかる一枚です。
アルルで、描く理由が変わっていく

1888年から1889年、南フランスへ移ってからは、自画像の数がぐっと減ります。
この時期の自画像は、練習台としての役割から離れていきます。自己を見つめ直し、自分が何者かを組み立てる方法になっていきました。
そしてこの時期の自画像は、家族や友人、画家仲間のゴーギャンやシャルル・ラヴァルへ送られるようになりました。もう一人で描くだけのものではなくなっていたのです。
同じ自画像でも、パリでは実験だったものが、アルルでは自分と向き合う場所に変わっていったのです。
包帯を巻いた自画像が伝えていること

1888年12月23日の夜、ゴーギャンとの対立の末に、ゴッホは自分の耳を切りました。
1889年1月7日にアルル市立病院を退院し、「黄色い家」に戻ります。《包帯をした自画像》は、その直後に描かれた作品です。
この作品は、ロンドンのコートールド・ギャラリーが所蔵しています。
画面には背景に描かれた浮世絵があり、左側にはイーゼルが置かれています。気になるのは、事件そのものより、その直後に絵筆を取っていることです。
最後の1枚とされる、渦巻く青緑の自画像

1889年9月、南フランスのサン=レミで描かれたのが《自画像》(65×54cm)。オルセー美術館が所蔵しています。
この作品では、渦を巻くような青緑の背景が描かれ、それまでの自画像とは、ずいぶん違う印象を受けます。
この作品は「最後の自画像」の有力候補とされることが多いのですが、断定はできません。同じ年に母へ贈られた、髭のない自画像を最後とする説もあり、研究者の見解は分かれています。
自画像を見るときの、小さな視点

自画像をまとめて見るときは、まず制作年を確認することをおすすめします。同じ「ゴッホの自画像」でも、パリのものとアルルのものでは、背景がまったく違うからです。
オランダ時代の暗い絵と、パリ時代の明るい絵を並べて見るのもおすすめです。同じ画家が描いたとは思えないほど、色の印象が変わります。
わたしなら、まずはワシントン・ナショナル・ギャラリーの《自画像(パレットを持ったもの)》あたりから眺めてみたいと思います。
パリ時代の一枚と、アルル時代の一枚を並べて見比べてみる。それだけで、練習として描かれた顔と、自分と向き合うために描かれた顔の違いが見えてくるはずです。
ゴッホの自画像は、同じ人物を描きながら、一枚ごとに違う顔をしています。
次にゴッホの自画像を目にする機会があったら、まずは一枚だけ、ゆっくり眺めてみてください。
ひまわりとはまた違う顔が、そこにあるはずです。

