積読の理由が、分厚さだったこと

恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』は、ずっと気になっていた本でした。
直木賞と本屋大賞をダブルで受賞したのは史上この作品だけ、というのも聞いていましたし、周りでも評判はよく耳にしていました。
それなのに、なかなか手が伸びなかったんです。
理由は単純で、あの分厚さ。本屋で手に取っては、その厚みに少し構えてしまって、そっと棚に戻していました。
そんなことを何度か繰り返すうちに、いつのまにか長い積読期間に入っていたんです。
きっと同じように、気になっているけれど厚さで足踏みしている一冊を、本棚の奥に眠らせている方もいるんじゃないかと思います。わたしにとってはそれが、この本でした。
今回、週末にまとまった時間が取れたタイミングでようやく読み終えたので、心に残った場面と、読んだあとに起きた小さな変化を書いてみようと思います。
結末やコンクールの順位には触れませんので、これから読む方も安心して読んでもらえたらうれしいです。
本の紹介|ピアノコンクールという舞台

物語の舞台は、架空の「芳ヶ江国際ピアノコンクール」。
世界中から集まった若きピアニストたちが、予選、そして本選へと駒を進めていく数週間を描いた作品です。
主な登場人物は4人。
養蜂家の父を持ち、正規の音楽教育を受けていない天才肌の風間塵。
かつて天才少女として注目されながら、あるきっかけでピアノから遠ざかっていた栄伝亜夜。
完璧な技術と華やかさを兼ね備えたマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。
そして、楽器店に勤めながら妻子を持ち、年齢制限ぎりぎりでコンクールに挑む高島明石。
構想12年、取材11年、執筆7年をかけたというこの作品は、コンクールという舞台を借りながら、それぞれの人物が音楽とどう向き合ってきたかを丁寧に描いていきます。
読んでいるうちに、誰か一人の物語というより、コンクールという場そのものが主役なのかもしれないと感じました。
あらすじはこのくらいにして、ここからはわたしが実際に読んで感じたことを書いていきます。
ポイント1|同じ曲なのに、別の曲に聴こえる

この本でいちばん驚いたのは、文字を読んでいるだけなのに、頭の中で本当に音楽が鳴り出す瞬間が何度もあったことでした。
象徴的なのが、二次予選の課題曲『春と修羅』の場面です。
同じ譜面、同じ楽器を使っているはずなのに、コンテスタント、つまり出場者それぞれの解釈によって、まったく違う曲のように響いていくのです。
作中には、その日さんざん聞かされたはずの曲だと気づかないほど印象が変わる、という描写も出てきます。
同じ楽譜からこれほど違う音が生まれるのかと、読みながら何度も鳥肌が立ちました。
わたしはピアノを弾けるわけでも、楽譜が読めるわけでもありません。
それでも、弾き手の呼吸や間の取り方、鍵盤に触れる強さの違いまで、文章から伝わってくる気がしたんです。
音がまったく聞こえないはずなのに、確かに違う演奏が頭の中で鳴っています。この不思議な感覚こそ、この本を読む醍醐味だと思います。
実はわたし、もともと原田マハさんの作品が好きで、あの「絵を言葉にする力」にずっと感動してきた読者なんです。
誰かの絵を見て感じた衝撃や静けさを、文章だけでここまで再現できるのかと。
『蜜蜂と遠雷』を読んで感じたのは、それとまったく同じ興奮でした。
今回は「絵」ではなく「音」が言葉になっていて、聴こえないはずの音楽が、文字を通してこちらの耳に届いてきます。
表現するものは違っても、根っこにある力は同じなのかもしれないと思ったんです。
原田マハさんの作品が好きな方には、原田マハのおすすめ小説ガイドもあわせて読んでもらえたら、きっとこの感覚に近づけると思います。
ポイント2|高島明石という、生活を捨てない人

4人の中で、わたしがいちばん自分を重ねたのは高島明石でした。
楽器店に勤め、家族を持ちながら、年齢制限ぎりぎりでコンクールに挑む28歳。天才肌の若い出場者たちに囲まれて、彼はどうしても分が悪い立場に見えます。
正直、彼が出てくるまで、わたしはどこかで「本気で何かをやるなら、生活を全部捨てるくらいの覚悟が必要」だと思い込んでいたところがありました。
仕事を辞めて、それだけに打ち込んで、はじめて本気と呼べるんじゃないかと。
でも明石は、生活者としての日々を手放さないまま、ステージに立とうとします。
その姿を読んでいるうちに、全部を捨てないと本気じゃない、という思い込みのほうがおかしかったのかもしれないと感じました。
生活を抱えたまま何かを続けている人を、この本はちゃんと肯定してくれています。
風間塵の演奏をめぐって、聴いた人たちの評価が真っ二つに割れる場面も印象的でした。
同じ演奏を聴いても、受け取り方はこんなにも人によって違うのかと。正解はひとつじゃないんだと、この場面で腑に落ちました。
ポイント3|上達は、坂ではなく階段

もうひとつ、忘れられない一節があります。
何かが上達するときは、なだらかな坂を登るようにはいかない、というくだりです。
弾いても弾いても足踏みばかりで、これ以上は無理なんじゃないかと絶望しかける時間が続きます。
それなのに、ある日突然、次の段階にふっと上がる瞬間が来て、昨日まで弾けなかったものが弾けている自分に気づくのです(恩田陸『蜜蜂と遠雷』幻冬舎)。
これを読んだとき、仕事でも趣味でも、自分が伸び悩んでいると感じていた時期のことを思い出しました。
頑張っているつもりなのに、何も変わっていない気がして焦っていました。あの停滞は、坂を登り損ねていたのではなく、階段の踊り場にいただけだったのかもしれません。
そう思えたことが、この本からもらった小さな贈り物でした。
結果が見えない時期をどう過ごすかで、次の段差にたどり着けるかどうかが決まります。そんな当たり前のことを、出場者たちの姿を通してあらためて教えてもらった気がします。
読んだあとの小さな変化

読み終えてから、作中に出てくる曲を実際に聴いてみるようになりました。
文字で読んだ演奏の描写と、実際の音が重なる瞬間。それだけで、また新しい発見があります。
それまで自分には縁のない世界だと思っていたクラシックの敷居が、この本のおかげでずいぶん低くなった気がします。
難しい知識がなくても、まずは1曲、聴いてみるだけでいいんだなと思えるようになりました。曲名だけを頼りに検索して、たまたま流れてきた演奏に耳を傾ける時間。それだけのことが、週末のちょっとした楽しみになっています。
こんな人におすすめ

分厚さに構えていたわたしが言うのもなんですが、長編を読み切りたい週末には、これ以上ない一冊だと思います。
ページ数はありますが、物語に引き込まれるので思ったより早く読み進められました。
そして高島明石の姿は、いま何かを諦めかけている方にこそ届くはずです。生活を続けながら挑戦することは、決して中途半端なことじゃないと思わせてくれます。クラシックに縁がないと感じている方も、心配はいりません。知識がないまま物語として楽しめることは、わたしが証明済みです。
むすび

分厚さに構えて長く積読にしていたわたしですが、読み終えてみると、その厚みの分だけ豊かな時間を過ごせたと感じています。文字だけの世界から、これほど豊かな音が聴こえてくるとは思っていませんでした。
もしまだ手に取れずにいるなら、まずは作中に出てくる曲を1曲、流しながらページを開いてみてください。文字の向こうから、きっと音が聴こえてきます。

