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あらすじも覚えていない本を、もう一度開いてみたら

本棚に、一度読んだきりの本があります。原田マハさんの『星がひとつほしいとの祈り』も、そんな1冊でした。
買ったときに一度読んだはずなのに、あらすじすら思い出せなくて。積読ではなく、読んだのに忘れてしまった本、という不思議な立ち位置でした。
せっかくなので、週末に読み返してみることにしました。
結婚や子供のいる年代に自分自身もなって、今回は夫婦の結びつきや婚約者といった関係性を、以前よりも身近に感じながら読めました。
『星がひとつほしいとの祈り』はどんな短編集?
さまざまな年代の女性が主人公の、7つの物語

原田マハさんの『星がひとつほしいとの祈り』は、実業之日本社文庫から出ている短編集です。手元にあるのは2013年発行の初版でした。収録されているのは、全7話の短編です。
年代も立場も異なる女性たちが、それぞれの場所で、それぞれの祈りを抱えて生きている。そんな物語が並んでいます。
心に残った3編
表題作「星がひとつほしいとの祈り」|ヨネの、まっすぐすぎる献身

表題作は、売れっ子コピーライターの女性が、出張の帰りに立ち寄った道後温泉の宿で、マッサージ師の老女と出会うところから始まります。
その老女こそが、かつてのお嬢様でした。彼女が自分の昔の話を語っていく、という構成になっています。
目の不自由なお嬢様と、戦時中という時代設定。読みながら、同じ原田マハさんの『奇跡の人』を思い出しました。
物語の中心にいるのは、お嬢様に仕える女中のヨネです。
ヨネの献身が、とにかくまっすぐすぎて。読みながら、静かに尊敬してしまいました。
物語の中で、お嬢様は、ヨネのことを自分の目となり、杖となってくれた存在だったと振り返っています。どこへ行くときも、何をするときも、ヨネはぴったりと寄り添っていました。
風が吹けば折れてしまいそうなほど脆いお嬢様を、ヨネはどんな雨風からも守ろうとしていました。
そんな献身のかたちに、胸を打たれました。
これほど優しい人がそばにいると、いつか失うのが怖くなってしまいそうで。その気持ちにも共感しました。
ヨネとお嬢様、二人の強い絆には、すっかり感動してしまいました。
心地よくて、好きな話です。
「長良川」|去年は夫と、今年は娘とその婚約者と
もう一つ心に残ったのが「長良川」です。
去年は、亡くなった夫と訪れた長良川に、今年は一人娘とその婚約者との3人で旅をしています。
読み始めは、悲しくて不憫な物語なのかと思っていました。けれど、読み進めるうちに、そうではないと気づきます。
夫と過ごした過去の回想は、決して派手な描写ではありません。それでも、ちゃんと幸せな時間だったのだと伝わってきます。
回想の中でも印象的だったのが、1年前の料亭での会話の場面です。
「こんなタコみたいなおっさんが、君のだんなでも?」
「タコでもなんでも。幸せよ。」(原田マハ『星がひとつほしいとの祈り』実業之日本社文庫)
そのやりとりが、ほほえましかったです。
過去を悲しむのではなく、幸せだった記憶とともに「今も幸せ」に生きているのだと伝わってきます。
「沈下橋」|橋のように、抗わずに飲み込まれて
「沈下橋」は、有名歌手として活躍していた元娘・由愛が、大麻で捕まり、かつて母親だった多恵のもとへ助けを求めて逃げてくる、という物語です。
多恵が由愛の父親と結婚していたのは、わずか5年ほどの間だけでした。その期間だけ、多恵は由愛の母親だったのです。
沈下橋は、欄干がなく、川が増水すると水の下に沈んでしまう橋のことです。
沈下橋には、わたしも旅行で何度か訪れたことがあります。好きな場所だったので、興味を持って読み進められました。
多恵は沈下橋のことを、こんなふうに表現していました。
橋が自分で水をくぐっちゅうように思えるちや。嵐の時は抗わんでわざと飲み込まれて、全部通り過ぎたらけろっと出てくるらぁて。
(原田マハ『星がひとつほしいとの祈り』実業之日本社文庫)
土佐弁のこの表現が、なんとも独特で印象に残りました。
抗わずに飲み込まれ、やがて通り過ぎていく橋の姿と、由愛が今置かれている立場を重ね合わせているようにも読めて、そこも面白いなと思いました。
原田マハさんの短編集は、ほかにもいくつか読んでいます。
こんな人におすすめ|まとまった時間が取れない週末に
わたしは今回、週末の寝る前に、少しずつ読み進めました。
『星がひとつほしいとの祈り』は短編集なので、1話ずつきちんと完結しています。寝る前のわずかな時間でも、区切りよく読み切れました。
いろんな年代の女性が主人公になっているので、女性の読者には特に響く短編集だと思います。
同じように女性たちを主人公にした短編集なら、『独立記念日』もあわせてどうぞ。
どの作品から読もうか迷ったときは、こちらもどうぞ。
再読は、いちばん静かな贅沢かもしれません

本棚に、一度読んだきりの本があるなら。それは、新しく本を買い足さなくても楽しめる、ひとりでじっくり味わう時間かもしれません。
わたしも今回、あらすじすら覚えていなかった1冊を読み返して、思いがけず心に残る出会いになりました。
この週末、本棚の中の1冊を、もう一度開いてみませんか。



